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杉浦康平 編
A5判変型,フルカラー,188ページ,かがり並製本
漢字は自然の「かたち」をうつしとり、そのかたちに自然の「いのち」を吹き込んで産みだされた……。
香炉に彫り込まれた壽字、硯の墨だまりが形づくる心字、天空の凧を彩る龍字…。アジアの漢字文化圏の日常や伝統図像に息づく、人々の祈りが込められたさまざまな文字のかたちをグラフィックデザイン界の巨匠・杉浦康平が豊富なヴィジュアルとともに読み解く。
国家、民族、そして現代の電子空間を超えて響きあう文字の生命力を解き放つ、待望の一冊。
1. 文字液が流れる文字
2. 文字を纏う
3. 文字を戴く
4. 文字を運ぶ
5. 文字と暮らす
◉いま、多くの文字は、パソコン、携帯メールやTV画面…などの中に収まり、書くものから見るものへと変わりつつあります。だが文字は昔から、書いたり刻んだりして記すもの、「身体を動かして生み出す」ものでした。漢字は象形文字だと言われますが、その成立過程を考えてみても、自然の風景を写しとる、動物の姿を書き記す、人間のたたずまいを表現する…といった身体的な行為が文字のかたちの背景に潜み、文字に生気をあたえています。書き手が全身を開いて自然と向かいあう。自然に潜む、不可視のざわめきをとらえきる。その結果が、漢字という文字のかたちに結晶しています。
◉もう一つ、文字にとって大事なことは、「声の乗り物」だということです。ただ単に目で見るだけでなく、人間の音声をも写しとるものでありました。
文字は黙っていない。叫びを発しています。カタカナはカタカナなりの、漢字は漢字なりの、アルファベットはアルファベットなりの独特の「地声」をもっています。例えば浄瑠璃の譜面を見ると、太いうなり声に似た、地面を掘り返すような肉太の文字で書かれています。一方で神楽歌のような神に捧げる清々しい歌は、かそけき文字で記されている。文字は、声や音、つまり「いのちの叫び」といったものを、そのかたちの中に潜ませています。
◉パソコンや携帯メールなどが普及した現代は、文字と人との関係が激変した時代です。文字は書かれず、キーボードで打ちだされ、そのために、かつて文字が包みこんでいた生命力、身体性は、余分なものとして消え去ろうとしています。
だが一方で、文字の魅力を新しく見直そうとする取り組みも始まっています。単なる記号に止まらない、記号性からはみ出した文字の活力を再発見しようという動きです。
◉この『文字の美・文字の力』は、身体をもち、声を乗せた文字、活き活きと魅力あふれる文字、人々が気づかぬ場所にひっそりと住みついていた文字…などを取りだして見ていきます。
文字は紙の上、モニタや携帯画面の中に現れるだけではない。文字は私たちの日常空間のあちこちに現れ、生活の隅々を活気づけてきた。日本人は、思いがけない場所に思いがけない手法を用いて、文字の力とともに生きていたということに、もう一度気づいて欲しい。それがこの本をまとめた最大の理由です。
◉『文字の美・文字の力』に立ち現れる文字たち。美しくもあり、力強くもある。それらが、人々の生活にどれほどの力をあたえるものであったのか…を観ていただきたいと思います。
杉浦康平
杉浦康平(すぎうら・こうへい)
1932年東京生まれ。グラフィックデザイナー、神戸芸術工科大学名誉教授。ポスター、ブックデザイン、ダイヤグラム、展覧会の企画・構成などの第一線で活躍。70年代より東洋と西洋のデザイン思考の統合を目指す作品を多数生みだす。アジアの図像研究の第一人者としても知られている。55年、日本宣伝美術会賞、82年、文化庁芸術選奨新人賞、97年、毎日芸術賞などを受賞。同年、紫綬褒章を受章。主な編著に『日本のかたち・アジアのカタチ』『かたち誕生』『生命の樹・花宇宙』『宇宙を呑む』『宇宙を叩く』『アジアの本・文字・デザイン』『疾風迅雷』など。